雪の石舞台100

エントリーしていた石舞台100に参加してきました。
始めに断っておきますが、今回はほとんど写真がありません。走ってゴールすることが第一で写真を撮っている余裕が正直ありませんでした。大会の様子は公式のHPを見てください。
trailfest.net

大寒波の影響で、1/25はJRがほとんど麻痺状態に陥って、大会当日も天候によっては朝から計画運休というアナウンスがされていて、モチベーションが下がりまくり。最後まで参加しようかどうしようか悩みました。
結局参加したのですが、前の日は準備だけはしておいて、JR運休だった欠席しようと決めて寝ました。
朝起きると、家の周りもうっすらと雪化粧。25日ほどではないものの、本当に大丈夫かと思わせる気候。ネットでチェックすると、一応JRはほぼ通常通り動いているということなので、とりあえず会場までは行ってみるかという感じで出かけました。
家から外に出て歩き始めてすぐに、道が凍っていて滑る。2回ぐらい滑ったところで今日はやめて帰ろうかと思ったが、お天気は良さそうで、これから気温も上がって凍結している道は溶けそうなので、不安な気持ちを持ちつつ、とりあえず駅を目指す。
レースで一番嫌なのはアイスバーン上に凍った舗装路で、こうなると非常に危険。今回はアイゼンが必携装備に指定されているのでアイゼンは持っているが、果たしてアイスバーンの道路でアイゼンがどのくらい効果を発揮するのか? なんせ、アイゼンはいまだに使ったことないのでわからない。

会場まで

JRは運航しているというものの相変わらず不安定で、駅の電光掲示板には遅延の文字が並んでいる。幸い自分の乗った列車は通常通り運行されていた。大阪駅環状線に乗り換えると、環状線もダイヤが乱れていた。こちらは雪の影響ではないらしいが。環状線では、遅れてきた大和路快速にすぐ乗れたので、予定よりも早く天王寺駅に到着。天王寺で降りて、近鉄阿部野橋駅まで歩き、ここから南大阪線橿原神宮前に向かう。近鉄は何の問題もなく動いていた。近鉄の車内から見ていると、大阪を走っているときは良い天気だったが、奈良に入ると山の方に雪雲がかかっているのが見える。どうも不穏な天気だ。まあ、ここまで来たのだからとりあえず会場まで行くしかないと半分開き直りの境地。
予定通りに橿原神宮前駅に到着し、ここから奈良交通のバスで石舞台を目指す。バス停には、自分のほかに数名の参加者と思われる人がいた。33km以外は夜通し走ることになるので、大半の人は車で行くのだろうと思われる。
自分は奈良県出身なので、石舞台は小学校と中学校の遠足で来たことがある。小学生の頃は周りに何もなく、ただ、石の塊が広場にあるだけの場所だったが、いつの間にか観光地化されて、売店やら、大型バスも駐車できる駐車場などが作られている。ちなみに、小学生の時は石舞台の上に上がることもできた。ちゃんと証拠写真も残っているが、中学生の時はもう登れなくなっていた。たぶん、人が乗ることで崩れる恐れがあるのだろう。そういえば今回は石舞台そのものは全然見てなかった。お天気が心配でとても観光気分という感じではなかったので。
会場は石舞台のすぐそばのあすか風舞台というところ。事前にネットでチェックすると一応屋根はあるが、吹き曝しの所で、風が強いとめちゃくちゃ寒いだろうと思われる場所。幸い風はほとんどなくて、寒さはそれほど感じなかった。

レース

受付を済ませて、GPSとゼッケン、参加賞などをもらい準備をする。スタートまであと約1時間。スタートは12時半なので、とりあえず、昼食をとる。お昼はランチパックが2個に、4個入りのミニチョコパンを2つ食べた。しかし、あとでいつも通りおにぎりを持ってくればよかったと後悔した。
お昼の時点では寒さはそれほどでもないが、ゴール時点では確実に日が暮れているので、防寒には気を使った。ウェアは、アンダーが自転車用の発熱素材を使ったタートルネックの長袖。発熱素材と言ってもヒートテックとは異なり、一応メーカーは光電子と言っているが、炭素などの遠赤外線を発する素材を織り込んでいるのだろう。これは、昨年末に東山トレイルに行った時も着たが、暖かくて汗がたまらず非常に冬は非常に快適。そして今回はその上にパタゴニアのキャプリーンクールトレイルシャツを重ね着。こいつは最近入手したやつで、これも汗がたまらずその割に温かいので冬は重宝するもの。その上にモンベルのトレイルランナーを着用。一応防寒用にもう一枚、ファイントラックのフロウラップをザックに入れておいた。下は、ファイントラックのドライレイヤーウォームに、IZASのやや厚手のトレッキングパンツとこちらも重ね着。基本タイツを履くのは好きではないが、今回は寒そうなので、重ね着をした。シューズはアルトラのモンブラン。グリップが何といってもよいので、今回はこれ一択かなという感じ。それに、雪対策としてモンベルのゲイターのショートタイプを付けた。靴下はファイントラックのドライレイヤー5本指にメリノの靴下を重ね履き。こちらも最近は冬の定番になっている。今回はポールを使ってもよいということなのでポールも用意した。

スタートから第一エイド

コース距離は33km。登りは2400mとかなり厳しい。大きな登りが4つあり。第一エイドまでで2回の上り下りがある。スタート前の田口さんの話では、2つ目ののぼりがかなり厳しいようで雪が深いとのこと。田口さんは朝試走したときに第一エイドまで5時間半かかったとのこと。制限時間が8時間半なので、そんなにかかったらタイムオーバーで失格してしまう。まあ、なるようにしかならないだろうと思ってスタートする。
何といっても周りに他の参加者がいることが心強い。一人だったら絶対に走ってないと思う。思わず天地真理の歌を口ずさみたくなる、”一人じゃないって、素敵なことね~”。年がばれてしまいますが、というか年齢は公開しているのでバレているか。今日のレースが還暦前最後のレースです。
スタート直後は全く雪がなく、最初の登りもあまり問題なく登れた。ここの区間はトレイルよりも舗装路が多い感じ。談山神社を過ぎて音羽山に向かうトレイルに入ると一気に雪が多くなった。この登りの途中でアイゼンを装着。人生初アイゼンだ。雪のトレイルレースも初。オリエンテーリングでは雪のレースは何度も経験があるが、トレイルランでは上り下りの距離が長いので、オリエンテーリングとはまた違う。アイゼンは去年六甲縦走の後半に行ったときに念のために買って持って行ったが、その時は結局使わず。京都一周トレイルの東山コースに行った時も、アイゼンは持って行ったがこの時も使わず。アイゼンなんてお守りみたいなものと思っていたが、本当に使うときが来るとは。こんなことなら比叡山の所でアイゼンを使って走る練習をしておけばよかった。
登りはかなりきついのぼり。ラップを見るとここののぼりで20分/kmくらいかかっている。まあ、斜度から考えて雪がなくてもそれくらいかかるだろうというのは最初から想定していたが。

音羽山に登る途中で降り返ったところ

音羽山に着いても、経ヶ塚、熊ヶ岳と細かい上り下りが続き、下りもかなり急なためスピードが出ず、20分/kmペースが続き、なかなか進まない。熊ヶ岳を降りて舗装路に出たところで最初のエイド宮奥ダムが見えた。ここで、アイゼンを外す。
第一エイドではラーメンと草餅をいただいた。ラーメンと言っても、紙コップにチキンラーメンのようなものを砕いていれてあってそれにお湯をかけたという簡単なものだったが、それでも暖かいものを食べられるのはありがたい。第一エイドまで3時間ほどで到着。雪のない想定でここまで3時間40分を予定していたので
予定よりも大分早い。この分なら7時間切れるかと思ったが、全然甘いということに後で気づかされた。

第一エイド~第二エイド 第二エイドは遠かった。

第一エイドから第二エイドまではまた大きな登りが2つ。第二エイドまで来ればあとはそんなに大きな登りがないので、第二エイドまでが勝負だと思っていた。
第一エイドを出てダムの堰堤上を進む。

第一エイドを出た直後のダムの様子

ダムの周回路を外れてトレイルに入るところでまたアイゼンを装着。アイゼンを付けていると足が締め付けられるうえに重いので結構つらい。
ここの竜門岳への登りは初めは比較的緩いがだんだんきつくなる。竜門岳からの下りは、初めは緩いが、やっぱり最後が急な劇坂。ロープが張ってあってロープを持って降りるが、雪で滑るし、めちゃめちゃ怖い。それに、踏ん張るので、大腿四頭筋と内転筋に大きな負荷がかかる。内転筋に負荷がかかるというのは今回初めて気づいた。劇坂を下った後に、しばらく内転筋が痛いので、そうか下りで踏ん張ると内転筋を使うのかとようやく気付いた。何年山を走っているのだか。
竜門岳を降りたところで舗装路に出る。ここでまたアイゼンを外す。このアイゼンを付けたり外したりという作業が地味に面倒だし、時間もかかる。
舗装路だと思っていい気になって走っていたら、トレイルへの入り口を見逃して、コースから外れてしまった。

コースから外れたところで撮った写真

1kmほどロスして戻ったところで、暗くなったので、ヘッドライトを装着する。ここの登りはコース図で見るとさほど急ではないが、行ってみると案外急でしかも暗いし、疲れているのでまた全然進まない。第二エイドまで補給は必要ないかと思っていたが、なかなかつかないしおなかも減ってきた。ここまでは第一エイド手前でチョコ羊羹を一つ。3つ目ののぼりを降りた後にブラックサンダーを一つ食べただけだ。祠のある所で、また急なくだりが出てきたので、アイゼンを付けるついでにエナジージェルとナッツを食べてなんとかその場をしのぐことにした。この急なくだりを降りて舗装路に出たところが第二エイドの芋峠。
第一エイドから第二エイドまでコースアウトによるロスがあったものの、結局3時間以上かかってしまった。予定では、ここまで2時間50分と想定していたのだが。雪と暗さと疲労でかなり速度が落ちたみたいだ。
第二エイドではぜんざいとバナナをいただく。

第二エイド~ゴール

第二エイドの芋峠からまたすぐにトレイルに入る。暗いので道が良くわからないし、コースアウトがトラウマになっていて、立ち止まってスマホでコースをチェックする回数が増えた。これも地味に時間をロスしている。疲れもだいぶ来ているので大した登りではないがやっぱり20分/kmくらいかかっている。
1kmほど登った後は基本下り基調になる。田口さん曰く楽しく走れるところということらしいが、とても楽しく走れる気分ではない。地味にのぼりがちょこちょこ出てきて、そのたびに歩くのでまた思ったように進めない。雪のない日に走ったら走れるのだろうかと思いつつ、でも現実は雪がたっぷりあるので受け入れるしかない。
高取城跡まで降りてきたところで、標高も下がって雪も少なくなったのでアイゼンを外す。高取城跡も中学の時遠足で来た記憶があるが、真っ暗で何もわからないので懐かしいという気持ちではあるが風景は全く思い出せない。それに、ようやく街の明かりが見えだして、早くゴールしたいという一心になってきていて、あまり周囲を見る余裕がない。
高取城跡を降り切って舗装路に出たところで残りは3km弱くらい。ようやくゴールが近づいてきてほっとする。もう、ポールも必要ないのでしまうことにする。ポールをしまってザックを背負いなおしたときにGPSウォッチのボタンを押してしまって計時が止まってしまった。ザックを背負うときにいつも右手から背負って、時計をはめている左手を後から通すのだが、Raidlightのザックが小さめで、いつも時計が引っかかって、ボタンを押してしまう。この日も、何度か押してしまって表示が変なことになって、すぐに直せなくて苦労していたが、最後で計時が止まって、それも直せず、もういいやと思ってそのままにしておいた。しばらくすると、時計の画面表示が、計時を再開するか保存するか選択する画面になったので、ここでようやく再開することができた。そのせいで、下の地図のルートは最後の方が飛んでしまっている。時計を右手にはめるか、ザックを背負うやり方を変えるか何とかしなければいけない。
明日香の街中に入ると、道の分岐が一杯あって、またいちいちスマホで確認する。暗いのでマーキングがわかり難い。ナイトトレイルも初めての経験でやっぱり日が暮れるとスピードはかなり落ちるということが分かった。
そしてようやくゴールにたどり着いた。時間は7時間40分。芋峠からゴールまでは90分を予定していたので、ほぼ予定通りのタイムで走れた。結局第一エイドまでで40分貯金を作って、それを第二エイドまでで20分吐き出した形になったが、目標の8時間以内を達成することができた。コースアウトによるタイムロスがなければ7時間半でゴール出来たと思うがそれも自分のミスなので仕方ないことだと思う。雪で走りにくく、体力も随分使ったことを思えば上出来だったのではないかと思う。同じくらいの距離でも生駒の30kmと比べたらかかった時間も、疲労も随分違った。ちなみにガーミンコネクトによると登りは3000mを越えていた。公式の発表は2400mだったので、ずいぶん違う。生駒の場合は同じガーミンコネクトで1200mくらい。もちろん雪で体力を消耗したという部分もあったとは思うが、そもそもがゴールの目標タイムを8時間に設定していて7時間40分かかっており、生駒の場合は実際にかかった時間で5時間を切っていたのだから、違うのは当たり前か。とにかく今まで出たレースの中で最も厳しいレースだったのは間違いない。

ゴール~ 帰宅

ゴールではカレーをいただいた。カレーを食べていると66kmの人たちがこれからどうするかを話しているのが聞こえてきた。大半の人は諦めてリタイアする方向で考えているみたいだった。今夜の宿をどうするかみたいな話のようだった。夜通し走るつもりだったので宿は用意してなかったのだろう。主催者からは、音羽山で風速10mくらいの風になっているはずなので、これから走る人は覚悟するようにという話が出ていた。たしかにこの寒さと雪で夜中走るのはよほどの覚悟がないと無理だろう。ちなみに、今朝、ibukiのサイトで確認すると100kmの参加者の片がまだ何人か走っておられた。やっぱり100kmに出る人はすごい。すごいといえば、有名な下野選手は15時間を切ってゴールしていた。1週5時間以内といものすごいペース。さすがトップランナーは違う。
ゴールしたあと着替えていると9時近くなった。この時間だと既にバスはないので、岡寺の駅まで歩いて帰った。幸い電車はすぐに来て、橿原神宮前で乗り換えて、八木でさらに特急に乗り換えて帰った。列車にはもう一人参加者と思われる人が乗っていた。ナイトトレイルは良い経験になったが、やっぱりスタートが遅いと色々不都合があるものだ。家に着いたのは結局11時半ぐらい。乗換案内によると岡寺から最寄り駅までの土曜日の終電は22:18となっている。ゴールの関門が9時だったのでタイムオーバーになっても十分帰れると思っていたが、実は結構ギリギリだったのではと思っている。明日香は意外に遠い。まあ、いざとなったら実家に泊まるという手もあるが。実家だと岡寺23時発で一応帰れるので。
特急の中で食べ残したパンとナッツ、柿の種を食べて結構満腹になったと思ったが、家に帰って風呂に入って寝ると、夜中にお腹がすいて目が覚めてしまった。今日は朝からお腹がすきまくりで、やっぱり補給が少なかったのかと改めて思った。自分の場合はどうも走り終えて数時間たってからお腹が本格的にすくらしい。その前にちゃんと摂取しないといけない。わかっているのだけれどなかなか実践できない。どのくらい食べるのが適正なのかまだ把握できないでいる。
ガーミンコネクトによるとレースでの消費カロリーは2500kcalくらい。これに基礎の消費カロリー1500kcalを足すと、4000kcalほど食べないといけない。普段の3倍近い量を食べることになる計算で、これでは足りないのも確かだ。レースには1000Kcal以上の食料を持っていくことが必携となっていたが、エイドで補給するにしても消費した分を全部補うには足りないのは確か。まして、2周、3周となると、ドロップバックに食料を入れておいて、それを補給していかないと全然追いつかない計算になる。改めてロングトレイルでは補給が大事であるということを認識した。今後もう少し距離を延ばすにあたって改善していかないといけない点である。
レースイベントの場合、エイドでどのくらいの食料が用意されているのかわからないという問題もある。レースの場合、水と食料はエイドで補給可能なのでその分荷物が減らせて楽なのだが、今回のレースの場合、補給を全部エイドで賄うことは不可能だった。まあ、よほど短いレースでない限り結局はそうなのだろうが。その辺もまだまだ経験が足りない部分だと痛感した。一人で行くときは余るくらい食料は持っていくが、レースの時もそれくらいでよいのではないかと感じた。